金沢の紅茶を最初に造ったのは平成14年の7月です。その頃は「いしかわの紅茶」と呼んでいました。紅茶が出来たことを友人知人に知らせるために「和紅茶通信」を発行しました。平成14年8月発行で内容は古いのですが、紅茶を始めた経緯などを記していますので、アップロードしておきます。





 

人の和と地の紅茶●平成14年8月●VOL.1 

いしかわの紅茶をつくりました。構想約6年、ようやくサンプルにまで、たどりつくことができました。思うことと実行することの間には、やはり、大きな段差があるようです。                                  

紅茶ができるまでには多くの人から助けていただきました。だから「和紅茶」と名乗りたいと考えています。「和の紅茶」のキャッチフレーズを考えた藤原一輝さんが許してくれるなら、です。

さて、この紅茶ができた経緯は、藤原一輝さんから語り起こさねばなりません。藤原さんは鳥取在住の会社員にして地域づくりのリーダー(同県では地域づくりを”ジゲおこし“と呼んでいます)。石川県の地域づくりコーディネーターとして、8年前に鳥取視察に行き、そのときに出会いました。そして、彼が「地紅茶づくり」に取り組んでいることを、やがて知らされます。 

地紅茶は藤原さんが発案しました。地元でとれた日本茶の生茶葉で紅茶をつくるというものです。彼は鳥取のお茶の産地である名和町で、お茶農家のかたと一緒に地紅茶づくりを始めました。そして出来上がった「鳥取の紅茶」を持って全国を飛び回るうちに、和歌山や京都のお茶の産地を口説き落として紅茶をつくり、石川にも”触手“を伸ばしてきた、というわけです。 

いしかわの紅茶をつくるには、加賀棒茶で名高い丸八製茶場の丸谷誠一郎社長と、同じく加賀市打越製茶農業協同組合の東出幹夫組合長の協力をいただきました。生茶葉は東出組合長の茶畑で摘んだものです。丸八製茶場の社員のかた2名と組合長と私とで1時間あまりの茶摘みでした。収穫した生茶葉は、鳥取の紅茶工場にクール宅急便で送り、約1ヵ月後に、紅茶になって帰ってきました。 

ところで、今回の紅茶はあくまでもサンプルです。市販はしません。これは生茶葉を分けてもらったときの、丸谷社長との約束です。紅茶をつくらせて欲しいとお願いにうかがったとき、もの珍しさだけを売り物にしてはいけない、美味しくなければ商品にしてはいけないと、丸谷社長は強くいわれました。 

加賀棒茶をロングセラーに育ててこられた丸谷社長の言葉は、遊びで紅茶を考えていた私を打ちのめしました。しかし、同時に、これだけ真剣に考えてくださるかたが居ることに、加賀の紅茶は遠からず成功するにちがいない、と予感しました。 

この予感は、さて、当たるでしょうか。今年はいしかわの紅茶の試飲会を県内で何回か開催します。試飲会は喫茶店で数名規模のものを想定しています。紅茶のできるまでを説明し、来年は一緒に茶摘みをしましょうと呼びかけるつもりです。紅茶通信次号は「飲んだ人の感想」と「試飲会の案内」をお知らせします。

いしかわの紅茶のデータ

 茶葉 加賀市打越産 (7月5日収穫の二番茶)

 製造 陣構茶生産組合(鳥取県西伯郡名和町)

 企画 赤須企画事務所(石川県金沢市)

 

和紅茶通信の2号を掲載します。

これも平成14年9月発行ですから、記事は古いのですが、紅茶をつくった当時の様子が書かれているので紹介します。 

紅茶の返事●平成14年9月●VOL.2

いしかわの紅茶を友人、知人に送りました。届いてない人がこれを読んだらゴメンナサイ。数に限りがあり(今回は30gでわずか120袋!)、和紅茶に興味を持っていただけそうな方を優先したからです。これから和紅茶会を開いて、試飲していただきますので、しばしお待ちを。 

さて、紅茶を送ったら、お便りが戻ってきました。紅茶のラベルをデザインしてくれた川上あきこさんからのお便りには、カラー写真入りのきれいな「和紅茶通信」が同封されていました。私がつくった「通信」の体裁が、あまりにみすぼらしいので、わざわざ作り直してくれたものです。ありがとう。これからも彼女が「通信」をデザインしてくれることになりました。ただし、わが家のプリンターの都合でモノクロ印刷になります。 

カメラマンをしている先輩が紅茶の写真を撮ってメールで送ってきましたので、早速、「通信」に使わせてもらいました。元のカラー写真は全体が深い紅茶色をしています。紅茶を送ったおかげで、思わぬ人が紅茶通であることが分かったりして、いろんな発見があります。地域づくりの集まりで三年前に一度お会いしたIさんは、定年退職され、東京に帰っていました。自分は大の紅茶党でスリランカにも居たことがあるとのお返事。びっくりです。Iさんの評価は「色と味はすばらしいのですが、もう少し紅茶らしい香りが出たらなぁ(中略)紅茶の缶を開けたときのあの芳醇な発酵匂がもっと欲しい」 

パソコン指導員をしているOさんは、ネコが居眠りしている水彩画をハガキに描いて来ました。こんな才能があったとは。「まろやかな味。香りが日本茶?のんびりゆったりと飲みたい紅茶ですね」と書いています。 

農業指導員のOさんからは「蒸らす時間が長すぎたのか渋みが少し残りました。栽培時の肥料濃度も影響するのでしょうか」との専門的な情報もいただきました。加賀のお茶農家の方に聞いてみたいと思います。私の紅茶のお師匠さんの藤原さんには「柑橘系の華やかな香り」とのお褒めの言葉をいただきました。嬉しい。 

和紅茶の香味には賛否両論があります。嗜好品ですから、それで良いと思います。むしろ、これからのために、マイナス評価にも耳を傾けるべきかもしれません。 

兵庫県加美町のIさんから「はせがい紅茶」が届きました。5月末に鳥取まで茶摘みに出掛けて折に知り合い、彼のところでも今年初めて紅茶をつくるというので、紅茶ができたら交換しましょうと約束していたものです。富山のKさんからも紅茶をつくったとの連絡がありました。和紅茶の輪が見えるようです。 

いしかわの紅茶のプロフィール

茶  葉  加賀市打越産 (7月5日収穫の二番茶)

紅茶製造  陣構茶生産組合(鳥取県西伯郡名和町)

協  力  藤原 一輝  (鳥取紅茶の会)

ラ ベ ル  川上あきこ  (石川県金沢市)

製  作  赤須企画事務所(石川県金沢市)

写真は文中にある先輩が送ってきた写真です

 

和紅茶通信3号も掲載します。

紅茶の試飲会を開いたことや、和紅茶づくりでビジネスアイディア大賞を受賞したことを記しています。大賞受賞の翌日早朝にガンで入院中の父が亡くなりました。受賞の新聞記事を見た母の友人が「あなたの息子さんでしょう、おめでとう」と電話をかけてこられ、間の悪かったこと。 

和紅茶の試飲会●平成14年12月●VOL.3 

和紅茶通信を送ります。話題が熟すまで自然発酵(発行)させるものですから、不定期刊行になってしまいます。秋は和紅茶の試飲会を何度か開きました、その報告から。 

試飲会は30年来の友人である平賀さんの喫茶店「もっきりや」から始めました。前もっていしかわの紅茶を飲んでおいてもらいましたら、試飲会当日は、無地の和風お茶碗セットを用意してくれました。 

集まったのは、何故か酒飲み友達ばかり。公務員の岡山さんは、職場の若い女性ふたりを同行。お酒の会には誘えないけど、紅茶の会ならとのこと。紅茶は新しい人間関係をつくるのかもしれません。

試飲会に参加した橘さんのお誘いで、次は子育て生活応援団の母親たちに囲まれた試飲会。ここでは24人分の紅茶を私がいれました。前夜の特訓の成果です。 

その次は、ボランティアフェスタに「和紅茶ブース」を出店。湯沸し設備のないイベント会場での試飲会に挑戦しました。40人くらいの方が来店。勤労感謝の日には「収穫祭」に参加。 

インド大好き、チャイが大好きという高野さんが河北潟産の小麦粉を使ったホームメイドのクッキーを持参し、和紅茶のラベルをデザインした川上さんが紅茶染めを実演しました。ここでも40人くらいの方が参加。 

試飲会では和紅茶通信を配りながら、来年もいしかわの紅茶をつくりますから、一緒に加賀の茶畑でお茶摘みをしませんか、と呼びかけています。面白そうだからやってみたいと、10名くらいの方から申し入れがありました。嬉しい限りです。 

さて、秋のニュースをもうひとつ。石川県が主催するビジネス・アイディア・コンテストにエントリーしましたところ、大賞を受賞しました。単なる思いつきではなく、試供品までつくった「本気度」が評価されたのでしょう。審査員の目の前で紅茶を入れるのには緊張しました。これも嬉しい出来事です。 

副賞の旅行券20万円は紅茶ビジネスのための視察旅行に使うことに。早速、女房に吉祥寺の紅茶専門店「カレル・チャペック」の取材をさせました。また、川上さんにも東京の紅茶専門店で、パッケージデザインや広報ツールなどを見てきていただく予定。私はお茶の本場である静岡に行くつもりでいます。視察旅行の報告は次の機会に。 

これらの報告と来年のお願いも兼ね、加賀の丸八製茶場の丸谷社長を再訪しました。丸谷さんからは「安全、ごまかしがない、旨い」の原則を守り、長く続けて欲しいとの励ましをいただきました。このときお聞きしたのですが、加賀のお茶は無農薬無肥料で栽培されています。いしかわの紅茶は、いわば「放任状態で育ったお茶の味」。この放任状態がお茶にとって良いのか、私には分かりません。新たな課題の登場です。 

紅茶づくりのシーズンは初夏から1ヶ月くらいです。短期間なので、タイミングを逃すと間に合わなくなります。まして、農家さんにお願いして茶摘みをするのですから、自分の都合だけでは決められません。 

平成15年は農家さんへの連絡が遅れてしまい、加賀の茶畑では茶摘みをできませんでした。大いなる反省点です。冬の間に各地の和紅茶と自分の紅茶を比べて、これでいいのだろうかと迷っていたのも、連絡が遅れた原因のひとつでありますが…。 

平成15年は次の3つの活動をしました。

1.能登の紅茶をつくりました。

2.加賀で手づくり紅茶教室を開きました。

3.長町朝市に紅茶の店を出しました。 

こうしてみると、自家製に着手し、PR活動を始め、販売にも挑戦していることになりますが、規模が小さいので、事業化には程遠い状態です。 

加賀の手づくり紅茶教室でお世話になった吉田さんを巻き込み、新たに加賀の紅茶をつくりました。「はづちを茶」といいます。しかしながら、これも試作品のままで、当初計画していた特産品としての販売には至っていません。これも課題として整理すべきです。

 このように、平成15年は紅茶を自分でつくることに専念しました。前年に一度だけ鳥取で紅茶をつくったことがあり、その経験だけを頼りに、紅茶の本を読み、つくり方を想像し、自己流でやってみました。それが良かったのかどうか、いまの時点では判断がつきません。

紅茶に関わっている自分のポジションを、農家でもお茶販売業者でも喫茶店主でもなく、紅茶に関わる自分が何者で、紅茶の品質を高めるために自分に何ができるかを、探した一年だったのかもしれません。そして、とりあえず「和紅茶プロデューサー」を名乗ることにしたのであります。