和紅茶の旅(表紙写真の説明文です)

H27年3月末に本サイトをスマホに対応するデザイン変更を行いました。その際にTOPページから落ちた記事(カバーストーリー)をこちら掲載します。表紙写真を説明しているものです。


 銀座にある石川県のアンテナショップを初めて行ってきました。私が商品開発に携わった商品では「加賀の紅茶」と「キウイフルーツビネガー」(JAののいち、パッケージデザイン担当)が並んでいました。誇らしい気分です。店員さんでもないのに、お客様に勧めたくなったりもしました。ただね、帰ってから考えたことは、ちょっと違うのですよ。銀座に並んだ商品群はどれもきらきらしていました。綺羅綺羅と書いた方が感覚的に伝わると思います。つまり、きらきらにあふれる都会では、すぐに飽きられるだろうということです。飽きられたらリニューアルすれば良いのですが、きらきらをキラキラに変えたり、きらきらきらといった具合に「きら」を3倍にするとなると、それは私の商品開発とは「考え方」が違ってきます。商品には生産者や製造者からのメッセージが必要です。メッセージが伝わる商品のデザイン(パッケージも含めて)でなくては、と改めて思いました。足元を見つめなおす良い機会になりました。東京は勉強になります。平成27年3月13日(金)14日(日)東京滞在。写真は行きの畿内から見た富士山。(3月15日書き込み)

 


まち塾という事業のコーディネートしています。商店街と地域コミュニティの関係回復を目標に掲げています。最初は雲を掴むような話でしたが、始めてから半年で少し目鼻が付いてきました。写真は志賀町富来のショッピングセンター「アスク」での打ち合わせ。ここ5、6年、私は商品開発の仕事に携わってきましたが、まち塾を契機に仕事の分野が変わっていく予感をしています。(H27年2月15日更新)

 


丸子の日本紅茶原木 

1月25日は静岡市の丸子にいました。日本の紅茶の発祥の地です。多田元吉がインドから持ち帰った「アッサム」(たしか、茶の実を持ち帰ったのだと思います。確かめておきます)の茶樹を、丸子紅茶の村松二六さんをはじめとした、地元の顕彰会の皆様が守っています。老木のため勢いがなくなってきているようです。(H27年1月)


わが家の庭のチャの木です。 

植樹から10年になります。わが家の築年数と同じです。チャの木は母がどこかから持ってきました。「お茶の木だと思うんだけど」と言って。4,5年前に散歩中に見つけたのですが、わが家の近くの畑地には畦畔茶園の名残があります。きっとそこのチャの木でしょう。いまはもう母に確かめることができないので、そういうことにしておきます。10年経っているのに木の高さは50センチにも達していません。手入れが良くないし、時には、積雪に枝を折られることもあるからです。そんな悪条件にも関わらず生き延びていることに、心が動かされます。このチャの木から紅茶を作れるのはいつのことでしょう。H26年12月30日書き込み。写真は11月撮影。



岐阜県揖斐川町(春日の紅茶) 

岐阜県の揖斐川の上流、春日地区は在来種の茶畑が多いことが最大の特徴です。畝が直線的に整列している茶畑が多いなか、在来種の多い春日の茶畑は、ジグゾーパズルのような模様になっています。この地区で紅茶作りを始めたのは地元出身でUターンした女性。実家の茶畑で手摘みし、手揉みで紅茶に仕上げています。彼女の活動に共感し、地元のおばちゃんたちが空き家を共同作業所兼カフェにして、地域活動の拠点をつくりました。紅茶作りは地域コミュニティづくりにも一役買っています。(H26年7月9日更新 写真提供 中村さよさん)


四万十の茶畑(4月26日撮影) 

2014年4月24日から27日まで、高知県四万十町十和にいました。道の駅にオープンした「おちゃくりカフェ」のお手伝いをするためです。カフェの営業が終わり、宿にもどる途中、茶工場に立ち寄り、茶畑も見てきました。写真の女性は一緒に来た石川県チームのメンバーのひとり。石垣を積んだ段々畑にチャの木が植えられています。大型化や機械化は難しいのですが、小さな茶畑を手作業で維持することで、中山間地の風景を守るとともに、土砂崩れなどから地域を守っています。(H26年4月29日更新)


加賀の紅茶の茶工場 

写真は石川県加賀市打越(うちこし)にある打越製茶農業協同組合の茶工場です。2月末に紅茶専用ラインを設置しました。内部をお見せしたいところですが、試運転をしていませんので、公開はそれが終わってからにします。外壁と屋根瓦がきれいなことにお気づきですか。この茶工場は大正10年(1922年)頃に建てられたものです(その後、増築しています)。それを、紅茶のラインを導入するので、床と屋根を直し、窓をつけて工場内を明るくし、外壁も張り替え、おまけに「加賀の紅茶」文字看板も取り付けました。茶工場の寿命が50年くらい伸びたのではないでしょうか。打越の組合員さんたちの、紅茶にかける意気込みが伝わってきます。加賀の紅茶が50年続きますように、その基礎づくりをお手伝いさせていただきます。(H26年3月7日更新)


高梁紅茶(たかはし・岡山県高梁市)

高梁市の松原地区という標高460mを越える山間地でチャを栽培しています。朝霧の立つ同地でチャの栽培を始めたのは1960年ころ(昭和30年代)のこと。県の農業施策として栗とチャが奨励され、同地区ではチャを選びました。紅茶作りをはじめたのは2007年のあたりから。同地区に脱サラして帰郷した藤田さん一家が、茶農家から2番茶を分けてもらい、紅茶に加工したのが始まりです。いまでは紅茶専用の製茶工場もあり、紅茶づくりがしっかり地元にとけ込んでいます。

過疎高齢化が進む同地では茶園の荒廃が問題になりつつありますが、紅茶グループが、荒廃茶園復興プロジェクトを2013年から立ち上げ、県内の大学のゼミなどの協力を得て、除草作業などに取り組んでいます。紅茶づくりが田舎と都市の大学生との交流を生むようになりました。 

■地紅茶サミット

2012年の11月に高梁で「第11回全国地紅茶サミット」を開きました。同サミットは全国の地紅茶関係者が集う交流イベントですが、高梁では「高梁地紅茶まつり」と位置づけ、地元の人たちをも巻き込むイベントに仕立てました。翌2013年には第2回「高梁地紅茶まつり」を栄町商店街で行っています。地元イベントとしての定着を狙っているようです。 

■私と高梁紅茶 

高梁紅茶との出会いは2007年に兵庫県の多可町で開催された全国地紅茶サミットだと記憶しています。高梁紅茶を製茶されている藤田さんご夫妻と会場でお会いし、自作の紅茶をいただきました。翌年のサミット(四万十町)にも参加され、それ以来、お付き合いが続いています。2013年の荒廃茶園復興プロジェクトにも2度参加しました。 

・写真撮影:H25年7月の荒廃茶園復興プロジェクトで撮影

・平成26年1月3日更新