「日常茶飯事」はブログのようなものです。記事が増えたら、まとめて別項目に保存しています。これは「脳梗塞」で入院した時の書き込みをまとめたものです。


その後の脳梗塞日記(平成27年8月15日) 

このサイトにはアクセス解析がついています。どのページを見ているかが、はっきり数字で示されます。みなさんの予想通り、「脳梗塞日記」が断然トップです。そこで「その後の脳梗塞日記」を一度だけ書くことにしました。

 

平成25年4月の発症から2年4ヶ月が経過しました。体調などに異常はありません。この間、9週ごとに通院し、主治医に状況を報告し、薬を処方してもらっています。薬は「プラビックス錠75mg」を1日1錠。血管がつまらないようにする薬です。

 

主治医に報告するため、診察前には自分の体調を自己診断します。手先が思うように動くか、しゃべるのに不自由しないかの2点をチェックします。具体的にはワープロのミスタッチがなかったか、呂律が回らないことがなかったかを振り返ります。ところが、私の年齢(64歳)になると、パソコン操作は遅いし、ミスタッチはするし、名前は忘れるし、言葉は直ぐ出てこないし。要するに、それが機能障害なのか経年劣化なのか、分からないのです。主治医も苦笑いしています。それでも、見た目がそこそこしっかりしているので、また9週間後に来てくださいとなり、同じ薬が処方されます。

 

脳梗塞になって一番の変化はお酒をやめたことです。お酒にはずいぶん助けられ、いい思い出がたくさんありますので、脳梗塞をお酒のせいにするつもりはありませんが、やめたら身体がラクなので、飲まない生活が続いています。

 

もうひとつの変化は今年になってから体重を4kg減量したことです。これは脳梗塞とは直接つながりませんが、体調を意識した結果であることは間違いありません。食事を調整してくれている奥さんに感謝です。

 

これまでに何度か入院をしたことがあり、そのたびに、肩の荷をおろすように、気持ちをリセットしてきました。だから気楽に生きていますが、発症した時のMRI検査で古い痕跡が見つかったことには、思い出すたびに怖さを感じています。脳の血管がつまったことに気がつかなかった。自分の変化に気づかないというのは、自分の存在を危うくするものです。できる限る自覚的に生きたい。これが脳梗梗塞からの気づきでしょうか。

 


脳梗塞日記(平成25年4月)

一週間の入院を終えて帰ってきました。つぼみだった庭のボケが、たくさん開花していて、いなかった時間の長さを実感しました。季節の鮮やかな移ろいのように、ヒトにも目を見張るような変化があればいいのですが。


脳梗塞日記 

4月3日、水曜日、軽い脳梗塞で入院した。 


朝7時に原稿を書き始めた。朝食前にパソコンに向かうことが最近は多くなっている。すると入力が思うように出来ない。キーボードのミスタッチばかりするのである。キーボード入力は自己流であり、上手くもないし、速くもない。それでもいままでこんなにミスタッチを繰り返すことはない。どこかおかしいと感じた。ここ数日はノートパソコンばかりを使っていて、デスクトップは久しぶりである。キーボードのキーが重たいせいかも知れないとも考えた。

 

8時に朝食を食べていると、電話がかかってきた。普通にしゃべっているのだが、ところどころ、呂律が回らない。なにかおかしい。身体の調子はいつもと変わらない。出張の疲れが残っているのかとも考えた。

 

再び原稿に向かい、ミスタッチを繰り返しながらも、会議用の資料を書き上げ、メール添付で先方に送った。書き上げたばかりの会議資料を、声を出して読んでみた。やはり呂律が回らない。一時間後の会議でちゃんと説明できるか、不安になる。「アメンボ、赤いな、あいうえお」と声に出してみた。きちんと言える。早口で繰り返してみた。きちんと言える。会議は適当にごまかしながら説明できそうだ。

 

家を出る前に、会議が終わったら病院で視察を受けてくると女房に話した。女房は私の顔をしげしげと見て、いつもと同じ顔をしている、と言ってくれた。

 

会議では心配していたように呂律が回らなかった。他の人も気がついたかは分からないが、自分には分かる。言葉がすーっと出てこない。起きてから3時間経ってもこの調子である。病院に行くしかない。

 

脳外科に行った。症状を書くようにと問診票を渡された。呂律が回らない、ミスタッチをする、などと書くうちに、書いている文字がいつもの自分の文字と違うことに気がついた。なにより文字が小さい。そして、省略すると言ったらカッコいいのだが、たとえば数字の「3」のくびれ方が小さかったり、漢字の「書」の横棒を2本引いたつもりだが1本しか引けてなかったりする。これは本当におかしい。

 

診察を受けた。症状を説明した。土曜日に深夜バスで名古屋に行ったことも話した。昨晩、眠ろうとしていたときに、頭の中で「ガーン」という感じの衝撃とともに、閉じている目の内側で稲妻が走ったことも話した。ドクターのコメントはなかったが、直ぐにMRIの手配をしてくれた。

 

MRIは初めての経験である。まな板の鯉の心境で、目をつぶっているうちに、20分程度で検査が終わった。検査台から降りたら、少しふらついた。結果は直ぐに出た。脳の左側に小さな白い点があり、それが脳梗塞だという。ついでに、古い脳梗塞の痕跡も見つけてくれた。気がつかないうちに起こっていたらしい。

 

ドクターは入院を勧めた。一週間くらい点滴をしながら安静にするという。スケジュール帳を見た。年度初めなので予定があまり入っていない。こうして入院が決まった。朝起きて正午には入院である。

 

女房に電話した。入院セットを一式届けてくれた。点滴で身動きできない私に代わって、クライアントに電話をしてくれた。携帯電話を片手打ちし、入院休業のメールを何通か送った。マナーモードにしていることもあるが、電話を掛けてくる人がいない。休息が始まった。

 

4月4日、木曜日。

 

昨晩の消灯は9時。うつらうつらしていると、10時に点滴が始まり12時くらいまで続く。お隣さんからガサガサと音がする。袋からなにかを取り出し、食べているようだ。いいのかな。寝返りを打つ気配もする。眠れないのだろう。遠くから咆哮かと思うような声が聞こえてくる。あぁ、入院したのだと思う。そうこうしているうちに朝になる。

 

どのように一日を過ごすか考えてみる。点滴は午前中に2時間、寝る前に2時間。ドクターが来るのは朝一回。看護師が血圧などを測りに来るのは3回。それ以外はじっとしているだけ。

 

朝の回診でドクターからどうですかと聞かれ、変わりありませんと答える。しゃべるのはどうですか。しゃべってないので分かりませんが、いいようです、キーボードのミスタッチも減りました、と答える。昨日からこの日記を打ち込みを始め、徐々にミスタッチが減っていることが分かっていた。

 

午前中の病室は看護師やシーツの取替えや見舞客の出入りがあり、とても賑やかで、ベッドで静養する気分になれず、仕事の書類を抱えて待合室に行く。書類を読み、考えを整理するために病棟内をゆっくり歩き回る。考えたことをメモする。まだパソコンで書き留めるほどまとまってない。締め切りまで時間があるので、仕事はこれくらいに。

 

夜、知人が見舞いに来た。早く気づいて良かったですね、と励ましてくれ、お酒を控えないと、との忠告。これは大問題である。

脳梗塞の原因をスマホで調べてみた。高血圧、メタボ、不規則な生活習慣、飲酒などが上げられていた。お酒をやめることになるのだろうか。これは大問題だ。退院するまでに方針を決めよう。

 

4月5日、金曜日。

 

看護師は日替わりである。その人によって症状の確認方法が違う。手足の痺れはありませんか、頭は痛くありませんか、と聞くのと、ペンライトで瞳孔を照らすのは共通しているが、左右の握力差を調べるために手を握らせる、という嬉しい検査をしてくれる人もいたりする。手を持ち上げて指先に震えがないかを確認する人もいる。指を一本立てて左右に動かし、二重に見えないかを確認する人もいる。それぞれ得意な方法があり、それが面白い。

 

4月6日、土曜日。

 

昨晩は消灯後にお隣さんが急に苦しみ始めた。体温が39度を超えたらしい。それは辛いに違いない。私も昨年はインフルエンザで39度越えを経験しているので分かる。座薬で熱を下げたようだ。

 

土曜日の朝は外来が休みのこともあり、入院病棟もどことなくのんびりしている。

 

4月7日、日曜日。

 

この土日は荒天。でも病棟内はエアコンが利いていて、しかも、カーテンに囲まれたベッドで寝ているので、外の天気に関心が向かない。これはまずい。1階の外来フロアまで下りると、日曜日なので誰もいない。エアコンも動いていないようで、やや肌寒い。暴風雨で外気温が下がっていることを感じる。

 

4月8日、月曜日。

 

昨晩、お隣さんがまた発熱した。これで3晩連続である。お気の毒にとは思うが、苦しそうな声をあげるのには閉口する。お向かいさんが小さな声で「うるさいな」とつぶやく。気持ちは分かるがそれはないだろう。

 

朝の回診で明日の退院が決まった。予定通りであるが、やはり、うれしい。お隣さんは今日が退院のはずであったが、重なる発熱で当分延期の模様。お気の毒である。病院への不信感が募っているようで、毎回の検温で看護師さんに不平を口にしている。患者は弱い立場である。私のように回復している者は良いが、直るつもりで手術を受けたのに、別の症状が出てしまうと文句も言いたくなるだろう。それに対して看護師さんは丁寧に応対している。聞いたり慰めたりするだけではなく、どのような手術をしたかもきちんと説明している。たいへんな仕事である。

 

4月9日、火曜日。

 

午前中に退院。午後にはプレゼンに出席。一週間のブランクがあったが、だいたい説明できたし、質問にも即応できた。疲れも特に感じない。まずまず順調のようである。 

 

今回の入院で思ったこと。

 

私が身体の異変に気づいたのは、キーボードのミスタッチと、電話での応対で呂律が回らなかったことからである。他の人には分からない「小さな違和感」が私を救った、と言っても良いだろう。それで思ったのだが、自分だけに分かる感覚というものが、誰にでもあるのではないだろうか。

ずいぶん前のことだが、ある喫茶店に入り浸っていた頃。有名なサックスプレーヤーもその店に通っていて、それでなんとなく彼の生活ぶりを見聞きしていたのだが、彼はお酒もコーヒーも飲まず、棒茶を飲んでいた。棒茶が一番良い、というのが彼の持論だった。その頃は「カッコつけて」と思っていたが、いまとなっては、彼にしか分からない感覚で、コーヒーと棒茶の違いを見抜いていたのだろう。

サックスプレーヤーのような遠い存在の人はともかく、身近な人たちに対しても、感覚の相違に思い至らなかったことはないだろうか。私にはお酒や紅茶の仲間がたくさんいる。私の無頓着さで相手を傷つけていることがたくさんあるのかもしれない。この入院の直前に、あるお酒のグループを辞めることを決めていた。あやまちばかりの人生のようだ。