日常茶飯事H27年上半期


初の北陸新幹線

 

叔父の葬儀に参列するために、北陸新幹線で東京日帰りをしました。正確に言うと、神奈川県の川崎まで足を伸ばしました。葬儀というものは、良くも悪くも「家」の一大イベントです。赤須家など、吹けば飛ぶような「家」で、日頃は意識したこともありませんが、この葬儀ではその存在を考えさせられました。亡くなった叔父は巳年の86歳。鉄道建設の土建屋で、手がけた工事の代表的なものは青函トンネルでしょう。青函トンネルの完成を伝える新聞を叔母が保存していたのか、セピア色に変色した新聞を、叔父の棺に入れました。というわけで、叔父は全国の現場を転々としていましたが(叔母を見初めたのも地方の現場です)、どういう訳か、私が東京に遊びに行くと、いつもドライブに連れていってくれたように覚えています。葉山とか箱根とか、いかにも東京の人がドライブに行きそうな有名どころに。叔父でもうひとつ覚えているのは、女性のあしらいが上手だったことです。例えば、美術館に連れていってもらったときなど、切符売り場の女性から「大人と学生ですか」と聞かれ、「学生に見えるかい」と即座に切り返し、いま思うと「面倒臭いおじさん」なのですが、こども心に、かっこいい!と思ったものです。でこれだけなら、どうってことないのですが、私の娘もまったく同じ思い出を持っていました。親子二代にわたり叔父に遊んでもらったわけです。叔父のこどもたち(私の従妹)と私の娘の年齢が近いこともあり、私の娘を自分の娘のように可愛がってもらい、叔父夫妻も娘だと思っていると公言していました。で、どうしてそんなに広い心で接してもらえたのだろうと考えたとき、「家」に思いあたったわけです。叔父には兄(私の父、故人)と姉(90歳、存命)がおり、叔父と叔母は川崎の同じ団地内で暮らしていました。そして、彼らの母(私の祖母)が存命中は、叔父の運転で一家揃って金沢まで会いに来ていましたし、また、冬は雪のない川崎で暮らすために、叔母が迎えに来たり、春には連れてきたりと、頻繁に行き来していました。私たち夫婦が叔父の家族と自然に親戚付き合いできるのも、この行き来があったからです。「家」を守るという明確な目的意識があったとは思いませんが、兄弟で力を合わせてきたことは間違いありません。というわけで、書きだしたら思い出が尽きず、このくらいにしておきます。ちなみに写真は帰路の東京駅で見かけた掃除のおじさんです。(5月31日命日、6月5日葬儀、6月7日書き込み)


休日料理。

ショートブレッドをつくりました。焦がしてしまいました。お菓子においしそうな焼き色がつくのは、メイラード反応によるものですが、このショートブレッドは残念ながら、明らかに焦げています。それでも奥さんは美味しいと言いました。今朝早く、電話があり、遠くで暮らす叔父の危篤を伝えてきました。闘病生活が長かったので、覚悟していたことです。やがて訃報が届きました。なにもできないので、台所に立ち、包丁を研ぎました。奥さんは予定していた勉強会に出かけ、私はスタバに呼び出され、満員の店内で仕事の打ち合わせをし、もどってから菓子を焼き、日曜日は静かに暮れました。悲しさに気がつかないふりをして。(平成27年5月31日書き込み)


今朝のお茶は「朝宮の親子番茶」。

滋賀県甲賀市のかたぎ古香園(こうかえん)。以前に「赤ちゃん番茶」を紹介したことがあります。てっきりそれの親子版だと思って「パケ買い」しましたが、説明を読むと、一番茶の刈り残しの茶葉のことのようです。知りませんでした。チャは一番茶を刈ったあとも新芽は伸びます。これは知っています。茶農家では二番茶を効率的に収穫するために、一番茶を刈った後にもう一度きれいに刈り揃える作業をします。滋賀県では「夏製枝」と呼び、6月前半に行います。このときに刈ったものが「親子番茶」。新茶の残り芽には、先に伸びて良く成長した新芽(これが親)と後から伸びた若々しい新芽(こっちが子)が混ざっています。それで親子番茶と呼んでいます。面白いですね。四万十では「刈番茶」といいます。きっと産地によって呼び名が違うのでしょうね。いずれにせよ、見映えはちょっと悪いけど味は一番茶並みのお徳用のお茶、だと思います。ちなみにこれは煎茶です。


朝食

朝食に自家製の糠漬けとカクモトさんのイチゴ。糠漬けは引き上げが早すぎました。でも色はきれい。カクモトさんはご町内の農家さんで、冬の間はお休みしていたご自宅での直売を再開、イチゴが美味しくなってきました。(平成27年5月27日書き込み)


ワカタケ・グラタン 

タケノコの季節になると必ず作る「ワカタケ・グラタン」、つくるのは奥さんです。 

■材料

ゆでたタケノコ(一口大)、もどしたワカメ(水を切ったもの、一口大)、タマネギ(薄切り)。 

   タマネギをバターで炒める。深さのあるプライパンがいい。量は多くなくてもいい。

   タマネギがしんなりしたら(焦がさない)、タケノコを入れ、炒めて合わせる。

   小麦粉をふり入れて混ぜ合わせる。弱火で焦がさないように。

   混ざったら牛乳を少しずつ入れて滑らかにする。鶏がら粉末と塩で味付ける。

   ワカメを入れて混ぜる。

   耐熱皿に入れ、チーズをのせ、焦げ目がつくまでオーブントースターで焼く。
(H27年4月18日書き込み)


東京に行っていました。

4月13日(月)から16日(木)まで上京していました。さすがに3泊は堪えます。渋谷駅前スクランブル交差点に行ってきました。おのぼりさんです。斜め横断にも挑戦してみました。


焼き蕪 

無水鍋でカブに火を通しました。昆布の佃煮をのせただけのシンプルなお惣菜です。カブの芯まで熱が通り、かつ、カブらしい適度な硬さが残っています。うまい。カブの風味が強調されています。大阪の串焼き屋さんで食べたのを真似たものです。 


蒸しパン

特別な蒸しパン あなたにあげる

おいしいんだから

鳥居の横にある 私の好きなワタナベヤ

ふわふわの幸せを あなたにあげる

おいしいんだから

いつまでもこのまま ふわふわさせていていてね

(4月10日書き込み)


山本容子展を見てきました。小松市の宮本三郎美術館です。チラシに使われているこの絵が、版画と油絵の両方が展示されているのですが、版画の方が断然気に入り、一票を入れるつもりでポストカードも買いました。「不思議の国のアリス」の挿絵で、「ティーパーティ」というタイトルがついています。アリスとウサギとの間の距離感に意地の悪さが現れていて、それとは裏腹のさわやかな色使いにリアリティを感じます。宮本三郎美術館は古い蔵と近代的なビルをくっつけた不思議な建物でした。(3月31日書き込み)


金沢市立中村記念美術館 

金沢市民には清酒日榮の名で知られている中村酒造の中村栄俊氏(元社長、1908-1978)の茶道具のコレクションなどを所蔵しているのが中村記念美術館。美術館ができるほどのコレクションを持ち、その中には重要文化財もあるのだから、中村さんはスケールの大きな旦那さんであり、優れた茶人でもあったことがわかる。こういう旦那さんがいたから金沢は文化都市を標榜できるのだが、この美術館がいつも閑散としているのは、茶道に暗い私が言うのもなんだが、寂しいことである。ゆっくり鑑賞できるのだから、それはそれで嬉しいことだと認めておこう。「茶道具の次第」という所蔵品の企画展を見てきた。いつもの展示なら茶碗しか並ばないのだが、今回は仕覆(茶碗を入れる袋)、箱、箱に入っている文書類など、箱の中のものをすべて展示している。これらの付属品のことを次第というのだそうだ。銘品になると、所有者が変わるたびに箱を新たに造るものだから、マトリョーシカ状態で並んでいたりして、それが微笑ましく、また、コレクションの正しいあり方を見たような気もした。

ところで中村記念美術館はまちなかとは思えないほど豊かな緑に囲まれている。美術館ロビーの中庭の向こうには加賀前田家の家老、本多家の「松風閣庭園」が見える。また、美術館の外に見える鬱蒼と茂る雑木林は、河岸段丘でできた小立野台地の急斜面にできた自然林である。この家も建てられない急斜面は、ここから山の方までずっと続いており、金沢の「まちなかグリーンベルト」を形成している。美術館を取り囲む環境も美術館巡りの楽しみである。


松井秀喜

新聞に連載していた時から注目していた松井のコラム集「エキストラ・イニングス」が出版された。一冊の本にまとまったら通して読みたいと思っていたので、即購入した。私ではなく、待ち焦がれていたのは、面白い本を見つける名人のわが女房である。彼女は松井ファンでも野球ファンでもない。本が好きなだけである。面白い本の情報が、どういう仕掛けがあるのか、彼女のところに集まって来る。女房がこの本を持ってレジに行ったら本屋の店員さんが「カバーをしましょうか」と気遣ってくれた、という面白いエピーソードのオマケまでついてきた。連載中から気になっていたのは、松井の洞察力の深さと、それを書き切る力量を持っていることである。最初はゴーストライターが書いたのかとも考えたが、当人にしか書けない感覚やニュアンスが散見され、ゴーストではないと確信した(どっちが書いたとしても書かれている内容の良さは変わりないから、どっちでもいいのだけど)。松井はもちろん野球のことを書いているのだが、野球を知らない女房が読んでも得心がいっている。そこが凄い。なおかつ、野球での成功体験を人生のいろんなことにあてはめて語るような厚かましさの欠片もない。ひたすら野球のことを語る。そこに好感が持てる。理想のバットの項にはこんな記述がある。「プロ2年目以降はシーズン前にバットを1種類決めて使い通した。複数のバットを使い分ける選手もいるようだが、僕はむしろ変化の必要を感じたら同じバットで自分の打撃を微調整した方がいいと考えた」。この文章の意味を解説しようと試みたが、自分がとても浅はかに思えてきて、解説をあきらめることにした。良いものは誰が読んでも分かるのである。(3月28日書き込み)


スリランカ流のミルクティー

スキムミルクでミルクティーをつくってみました。磯淵猛さんの「紅茶のある食卓」(集英社文庫)にスリランカでは粉ミルクを使うと書かれていたからです。紅茶は亀山の「べにほまれ」(BOP)を淹れました。べにほまれの濃厚さもこのスタイルにすると物足りないくらいさっぱりした味わいです。そこでティーフードに自家製リンゴジャム(ジンジャー風味)を合わせました。甘辛さをさっと流してくれます。これは成功です。面白いですね。世界は広い。(3月書き込み)


能登の酒蔵

すでにお読みとは思いますが、昨日の北國新聞に能登のお酒に関する記事が2本掲載されましたので紹介します。3月25日は能登半島地震が発災した日でした。それに関連した記事で、地震で「全壊」した酒蔵を再建した輪島市の白藤酒造店の取り組みが記されています。記事とはまったく関係ないのですが、酒造りのシーズンに酒蔵見学をしたときは、蔵元杜氏白藤さんが坊主頭にしていました。この写真の髪の長さは、酒造りが終わったシルシなのかもしれません。地震のときは私もいろいろ応援しましたが、それが中途半端なままに休止していて、モヤモヤ感が残っています。もう一本の記事は県内の大学生が酒造り取り組んでいる活動です。リーダーの又木さんとは大学生の頃からの知り合いで、この活動については、私なりに思うところがあったのですが、新聞記事を読んでいるうちに、考えが変化してきました。学生の活動にはおのずと限度があるのですが、それを活動の限界と捉えるか、限度を許容しながらプラス面を評価するか、です。たびたびの言葉にしていますが、私はお酒を止めました。リキュールを作っているのでまったく飲まないわけではありませんが、お酒の友人たちと酒席を共にしてお酒を酌み交わすことはなくなりました。お酒から一定の距離を置くことで、若い人たちの活動の「完成度の低さ」も気にならなくなったようです。年齢のせいかもしれません。若い世代の台頭は、やり残したことの多い私には嬉しい出来事です。


黄色いライム(Lime) 

能登里山海道の西山パーキングで見つけました。黄色いライムを見るのは初めてです。WEBで調べたら木で熟すと黄色いになるとのこと。これでジャムをつくりました。果実を半分に切って果汁をしぼり、中身の無くなった抜け殻を果皮と白い部分(中果皮というのだそうです)とに分け、果皮(外果皮というのだそうです)は千切りにし、柔らかくなるまで何度も煮こぼします。白い部分はタネと袋と一緒にしてペクチンを煮出します。果汁、千切りの果皮、液状のペクチン、グラニュー糖を合わせて煮詰め、これでできると思ったのですが、固まりません。また失敗と思ったのですが、女房がもう一度に詰め直したところ、見事に固まりました。甘さと苦味と酸味の合わさったライムのマーマレードです。陽当たりの良いサンルームで撮影したら、お日様色のジャムになりました。(H27年3月21日書き込み)


クロッカス 

わが家の庭に紫色の花が咲いているのに、今朝、気がつきました。季節はいつも唐突にやってきます。いつものようにWEBで調べたら「クロッカス(Crocus)」でした。この名前なら知っていたのに。ところで、球根を植えた覚えもないのに花が咲くのですから、ここは魔法の庭です。私の母は魔法使いだったようです。(3月17日書き込み)



南国土佐をあとにして。 

この感傷的な歌をハミングしているのは、ホテルに来るときに通ってきた「はりまや橋」で流れていたからであるが、高知に二日間滞在し、その濃淡に富んだ時間が、去りがたい思いにさせているからでもある。四万十で行われた「株式会社四万十ドラマ20周年記念式典」は100人くらいが参加し、笑いと涙が交差する濃厚な時間であった。私もそうであるが、全国から集まった四万十ドラマ・ファンの皆さんとも楽しく交流でき、四万十を結び目にした新しいつながりも始まりそうな予感がする。今朝は四万十ドラマで商品開発のミーティングに同席させていただき、デザイナーの梅原真さんを囲んだ濃密な打ち合わせに触れることができた。四万十から高知市に移動し、今度は一転してひとりの時間を楽しんだ。路面電車に乗った。知り合いがやっている小さなカフェに行き、店主とぽつぽつと話しながら過ごした。夕方のひろめ市場は飲むにはまだ早く、こちらでもゆっくり腰をおろし、行き交う人を眺めていた。八百屋さんで「山北みかん(やまきたみかん)」を買い、ホテルに戻った。充実した二日間であった。(写真はひろめ市場の酒販店に貼られていたポスター。モデルは入江美紀)(2月28日書き込み)


丸子散策

 

先週末は丸子にいました。全国地紅茶サミットの世話人会です。土曜日は会議、懇親会、日曜日は丸子を散策しました。写真は柴屋寺(さいおくじ)のお庭、四方の山を借景にしています。中秋の名月に観月会を開き、お茶をいただいたり、歌を詠んだりするのだそうです。「待月」、待つことを楽しむという考え方で、雨が降ろうが、毎年欠かさず続いているとの説明がありました。素敵ですね。ちょうどお昼だったからでしょうか、キツツキが裏山の竹を突いている音が響いていました。

 


左義長

1月12日(月曜・祝日)。町内の公園で町会主催の左義長が行われ、わが家からは「しめ飾り」と昨年の「破魔矢」を持参しました。寒々とした光景に見えるでしょうが、住民にとってはありがたく、うれしい行事です。ご町内に役員さんが青竹と注連飾りで祭りに仕立ています。このような年中行事が貴重なものに感じられるようになりました。さぁ、お正月気分もここまでに。(1月18日書き込み)