8月の日常茶飯事

8月29日(月)。今朝の収穫!というほどの量ではありませんが。トマト3個が嬉しい。キュウリの切り口から、果汁ならぬ瓜汁がトロってのも嬉しい。


女房の本棚

 

女房の本棚は身近にある未知の世界。一緒になってずいぶん経っているのに彼女の本棚の全貌を掴めない。でも、それは当たり前のこと。彼女の世界も変化しているのだから。ともかく、私が本屋や図書館に行っても立ち読みもしない本が彼女の本棚には並んでいて、それがしばしば更新され、それをときどき私は手に取る。それは女房のことを知りたいからではなく、我が家に居ながら自分の知らない世界を垣間見ることができ、しかも、その世界が理解できないときは読書巧者の彼女の解説を聞くこともできるから。ただ、どうしてこの本を買ったのだろうと思うこともあるので、結局、彼女のことを知りたいのかもしれない。

 

さて、山下和美のエッセイ漫画「数寄です!」(集英社・全3巻・2011年4月、12月、2013年2月発行)が本棚にあった。数寄は「すき」と読む(ちなみに数寄者は「すきしゃ」である)。「天才柳沢教授の生活」で知られる人気漫画家であるが、彼女の漫画は初めて読む。女漫画家山下和美がなぜか都内で家を建てたくなる。しかも、数奇屋でなくてはならないと思い込む。ところが、彼女の人生には漫画しかなく、「数奇者」とはなにかをまったく知らないことに気が付く。そこで、数奇屋を建てる計画とともに、山下和美自身を数奇屋にふさわしい「数寄者」へと大改造する計画を立てる。そのプロセスを漫画エッセイとして雑誌に連載し、家造りと自己改造を促進させようと考えた。思い立ってから数奇屋が建つまでに、約2年間、42話も費やしている。

 

私は地元の住宅会社のチラシづくりを20年もやっていて、家造りには多少の知識がある。間取りでいろいろ迷うところなど、家造り漫画として面白く読むことができた。また、数奇屋造りについては知らないことも多く、ウンチク漫画としても楽しめた。でも、女房はどこに興味を持ったのだろう。お茶を習っているから、それだろうか。

 

この漫画の3巻、第30話の終わりで東北大震災に襲われる。建築中の家には被害はなかったが、彼女のまわりで起こったこと、激しく揺れたときの恐怖や、揺れがおさまってからの興奮、安堵、無力感などを記録していて、読んでいて辛くなるが、心の立て直しをはかろうとする、表現者としての芯の強さになにか揺さぶられるものがある。

(平成28年8月27日書き込み)

 

 


8月26日(金)。我が家のなんちゃって家庭菜園のトマトがようやく色づきました。2個だけですけど。栽培経験者のみなさんからは、なにやってんだ!と突っ込まれそうです。ときどき枝を切りながら、じっと待つことにします。


8月20日(土曜日)。お昼のささやかな楽しみ。梅干は母の置き土産、2008年に漬けたもの。顔が梅干になるくらい酸っぱい。らっきょうも自家製、鳥取の友人からいただいた砂付きのものを漬けました。壺は、壺と書くと上等に聞こえますが、佃煮かなにかの土産物の容器の再利用、それも楽しみのひとつ。

 


8月20日(土曜日)。庭の木瓜の実をホワイトリカーに漬けました。久々の果実酒づくり。テイスティングは半年後くらいかな。今年は実がふたつだけでした。枝をバッサバッサ切ったからかな。

 


天然フグの漁獲量で石川県が日本一であることを知っていましたか。知らないでしょう、無理もありません、石川県民でさえ、最近まで意識していなかったのですから。石川県の特産品にはあの有名な「フグの卵巣の糠漬け」や「フグの粕漬け」がありますので、昔から保存食にするほどたくさん獲れていたのですね。で、いまでは天然フグ日本一をアピールする動きが県内で活発になっています。その活動のひとつ、「能登ふぐと柚餅子を楽しむ会」に出席してきました。会場はイル・ピアッド・ハタダ(IL Piatto Hatada)、七尾にあるイタリアンのお店です。能登ふぐと柚餅子(ゆべし=ユズの餅菓子、輪島の特産品)を使ったイタリアンのコース料理を特別に作ってもらい、それを堪能しました。写真はメインディッシュの「真ふぐのピカタ」と「柚餅子のリゾット」。経験50年の漁師さんも同席し、能登ふぐの延縄漁(はえなわりょう)の説明もしていただき、楽しく、おいしい2時間でした。8月17日(水曜日)開催。


ビアズリーと日本(県立美術館)

 

 

8月16日(火曜日)、大雨警報。石川県立美術館で「ビアズリーと日本」を見てきました。わずか6年の創作活動で挿絵などの世界に衝撃を与えた人の作品展であり、小一時間の鑑賞でしたが、濃密なときになりました。展示会では日本への影響についての事例も紹介され、資生堂石鹸の文様がビアズリーの影響を受けているとの興味深い研究もありました。ある商品の広告宣伝に背徳的なイメージをからめることを、ちょうど考えていたところだったので、これは参考になりました。それはともかく、ビアズリーの影響を受けたという二十世紀初頭の日本の出版物と、ビアズリーの挿絵を載せた十九世紀末の英国の書籍を比較したとき、文芸雑誌とハードカバーというハンデはあるものの、本家本元の方が圧倒的に力強くて美しく、印刷の文明・文化の厚み、さらに言うなら、挿絵画家に対する尊敬の念にすら、違いがあったことを痛感せざるを得ませんでした。


8月16日(火曜日)。しまんと地栗のパウンドケーキ(お盆スペシャル)です。限定20本の申し込みに間に合いました。なにが特別かというと、しまんと地栗の渋皮煮がたくさん入っていること。どこを切っても栗が顔をだすという幸せ。で、食べてみて分かったのですが、ケーキ生地に栗ペーストがたっぷり練りこまれていて、栗の風味(甘味、なめらかさ)と、渋皮煮のホクホク感の両方が、ドドドッとやってくる、迫力のスイーツなのです。

栗の季節がまもなくやってきます。四万十では栗の商品開発と同時に、栗の産地復興も進めています。地域産品を活かした商品開発はたくさんの事例がありますが(加賀の紅茶もそのひとつ)、もう一回転させ、産地に設備投資、技術投入している例はなかなかありません。ここでは「しまんと地栗1万本剪定プロジェクト」に取り掛かり、老木を再生させ、新しい栗の木も植え、栗の木を上手に剪定できる農業者を育成しています。

 

このパウンドケーキは、このような背景を持った産地で作られ、産地の未来を考えながら作られています。こんなことに本気で取り組んでいる人たちが、何人もいるので、四万十通い、高知通いはやめられません。今年も必ずいくぞ!


8月15日(月曜日)。母の部屋を整理して見つけた寄せ書きの日の丸です。「祈・佐藤君之武運長久、弘高、北溟寮」とあります。佐藤は母の旧姓です。これは母の兄(私の伯父)が出征したときのものと思われます。ついでに言いますと、母は北海道空知郡歌志内村歌志内空知鉱社宅で生まれています(戸籍謄本を見て書いています)。伯父も同じでしょう。空知炭鉱の社宅出身です。弘高は青森県の弘前高等学校(旧制)であり、伯父は北海道から青森に進学したことになります。私が小学生の頃に会った伯父は、お医者さんになっていました。新潟大学で学んだとのこと。伯父は勤勉家だったようで、母は崇拝していたのかもしれません。今日は終戦の日、この日の丸を思い出し、風を当てました。

私の父は徴兵を免れました。そのためか、我が家では軍隊にまつわる話を聞いたことがありません。そんなこともあり、戦後生まれの私は、戦時中と戦後の間に終戦という太い線を引き、無関係とまではいいませんが、戦時中と自分とは「不連続」であると考えてきました。その心境が近頃は変わってきました。テレビで戦争ドラマを見ていて、真珠湾攻撃が1941年であることを知り、私がその10年後に生まれていることに気がつきました。大げさに言うほどのことではありませんが。

10年という期間は、十年ひと昔というくらいに長いのですが、65歳になった私は10年の長さを実感できるようになっています。10年くらいすぐに経ってしまうとか、10年頑張ればこれぐらいできるとか。これが「老人力」ではないかとも思い始めています。もちろん、1941年からの10年間と、平成の10年間とでは濃密さがきっと違うのでしょうが、老人力のフィルター(ピンボケフィルターかもしれません)により、微細な差異を乗り越え、大づかみができるかもしれません。

今日は久しぶりに雨が降り、来し方を振り返る一日になりそうです。

 

 


8月11日(木曜日、山の日)。菓遊庵の蓮根羹(はすねかん)、新レンコンの季節だけつくるもの。お店から案内があり、女房が買ってきました。甘いものが夏に疲れたカラダにしみてきます。


10日(水曜日)朝の収穫。香りはニンジン。葉はすくすく伸びているのに、土の中の根は一向に太くなっている気配もなく、ついに我慢できず、抜いてしまいました。ご覧のとおりです。肥料をやらないので贅沢はいえません。葉をかじったら、ニンジンの香りがぷんぷんとします。キューリの漬物の香り付けに使ってみます。


8月9日(火曜日)。夜の山代温泉。「まち塾」の打ち合わせに来ています。温泉町といえば「非日常」のイメージがあるかもしれませんが、当然のことながら、温泉町にも代々暮らしている人がいます。つまり、ここにも「日常」があります。私はどこに行っても、旅をしても、そこで暮らしている人の暮らしぶりに目が行きます。そこには、私の「日常」とは違う「もうひとつの日常」があり、それを見つけたときに、自分の日常の意味に気がつきます。山代温泉通り商店街は、温泉町にありますが、観光土産の店はほとんどなく、地域住民を顧客としたお店が軒を連ねています。100年続く和菓子屋の親父、呉服店の女将は4代目、酒屋、薬屋、写真館などなど。どのお店にも歴史があり、店主からは自信に満ちた生き方を感じます。これらのお店が魅力的なのは「職住一体」が関係しているのではないでしょうか。お店の人たちは、仕事を終えると、自宅にもお風呂があるのに、商店街をぶらぶら歩いて総湯に行き(総湯とは温泉町の中心部にある共同浴場のことです)、お風呂に入り、お風呂にはご近所の顔見知りがいたりして、そこでお祭りの相談をしたり、買い物の注文をいただいたりします。素敵な暮らしぶりです。でも、私はここで暮らすことはできません。よその町がどんなに羨ましくても、私には私の居場所があり、その気づきが、私の生き方を支えてくれます。なんだか感傷的になっています。「渡良瀬橋」を聞きながら帰ってきたからでしょう。(書き込みは10日です)


庭の紫陽花は夏が高まるにつれ色を消していきます。その枯れゆく姿をいましばらく見守りましょう。8月9日(火曜日)、テレビでは長崎の日を中継しています。


8月9日(火曜日)。はじめて植えたトマトが、ようやく実をつけました。直径で3センチくらいでしょうか。嬉しくて女房に報告したら、色づいた頃に虫が食べに来る、と無粋なことを言います。確かに。ぬか喜びにならないように、いろんな事態を想像しておかねば。撮影のためにトマトの下にしゃがみこむと、トマト独特の青い匂いがしました。


8月7日(日曜日)。腰の負担を軽くするというイスを通販で購入。確かの腰は真っすぐになります。ただし、クッションに押し付けられた膝とスネが痛い。はたして、安物買いに終わるのか、しばらく使ってみます。


8月4日(木曜日)。朝6時に出発し、鳥取に向かいました。若狭舞鶴道路を春日JCTで北近畿豊島道に乗り、終点まで。そこの「道の駅ようか」で休憩。八鹿と書いて「ようか」と読みます。地方独特の読み方に触れ、異郷に来たことを実感。ちなみにここは「養父市」なのですが、これも「やぶ」と読みます。書き込みは8月7日。


8月2日。今朝の収穫。うちの畑のきゅうりとみょうが。みょうがは初物です。去年のfacebookにみょうがの写真が載っていたので、薮をかき分けて見つけました。女房の好物。ところで、畑のトマトが小さな実をつけました。初めて植えたので育て方などなにも知らずにやっています。わき芽を摘むと教えられ、遅まきながらやってみたら、花が付き、そして実がつきました。このまま無事に成長してくれるといいのですが、トマトは難しいらしく、どうなるでしょう。トマトの下にしゃがんだら、青いトマトの香りがして、うれしくなりました。


8月1日。加賀の紅茶のファーストフラッシュのアイスティー。いい感じです。昨日は長町朝市で加賀の紅茶を淹れました。次々と紅茶を淹れたので、最後はサーバーに少し残ります。それを持ち帰り、冷蔵庫で冷やしました。つまり、熱い紅茶をそのままの濃度で冷やしたもの。飲むときには氷を加え、その分だけ薄まりますが、さっぱりしていて、おいしくいただけました。冷たい紅茶を作るときも、水出しよりはホットが良い、というのが本日の結論。